●ヒンドゥー教はシンドー教

ヒンドゥー教
ヒンドゥーの語源は、サンスクリットでインダス川を意味する「sindhu」が、古代ペルシアで転訛したものという。
「sindhu」は、そのまま読めば「シンドー」であり、これに「神道」を充てたのが日本の神道らしい。すなわち、ヒンドゥー教とは、元名がシンドー教だったのです。

紀元前2000年ごろ、イランからインド北西部に侵入したアーリア人は、前1500年頃ヴェーダ聖典を成立させ、これに基づくバラモン教を信仰しました。
だが、前五世紀ごろに政治的変化や仏教の隆盛があり、バラモン教は変貌を迫られた結果、民間の宗教を受け入れ同化してヒンドゥー教へと変化して行きます。

ヒンドゥー教の三神
ヒンドゥー教には、その基本に三人の神があります。
ブラフマー神(宇宙の創造を司る神)、
ヴィシュヌ神(宇宙の維持を司る神)、
シヴァ神(世界の破壊を司る神)の三神で、三神は一体とされています。

シヴァ=邪馬
この中のシヴァ神を信仰したのが邪馬台国・邪馬壱国だったらしい。
邪馬の読みは「シャバ」であり、シヴァ神そのものを意味している。
邪馬国と記された紀元三世紀の日本に存在したのは、ヒンドゥー教のシヴァ神であり、同時に、巴利(はり)国の南伝上座部(じょうざぶ)仏教=小乗仏教だったらしい。

ヴィシュヌ=御中主
そしてさらに、古代日本には、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神も伝わっていたらしい。
ヴィシュヌ神を漢字で書き直すとー、
美(ビ)中(ジュウ)主(ヌシ)神(シン)で、「美はミ→御」と変化すると、ヴィシュヌ神とは、=御中主神、ではないか?

一般に、インド仏教は、ヒンドゥー教でありその前身はバラモン教と大別されている。
しかし、ヒンドゥー教・バラモン教の名称は、後世の歴史家が区別のために作った名称である。
ヒンドゥーの語源は、サンスクリットの「sindhu」であり、意味はインダス川のこと。当時は単に、インダス川の所の宗教と呼ばれていたらしい。
「sindhu」は「シンドゥー」であり、これが日本の「神道」になったらしい。
ヒンドゥー教は紀元前五世紀ごろからの始まりとされるが、単に「インダス川の宗教」という意味で、シンドゥー教と呼ばれていたのではないかー。

仲哀天皇と神宮皇后
では、巴利(はり)国は日本に来ていたのだろうか?
加治木義博氏・著書/卑弥呼によれば、日本に来ていたらしい痕跡が、天皇の名前の中にあります。
14代仲哀天皇とその后の神宮皇后の名前です。
仲哀天皇の名前は「足中彦」、これを通説では「たらしなかつひこ」と読んでいますが、これをそのまま素直に読み直すと、「あし→そく・なか・ひこ」です。
后の神宮皇后の名前で、古事記で記された「息長帯比売命(おきながたらしひめ)」…、これを読み直すと、
「息(いき→そく)長(なが)帯(たらし)比売(ひめ)」で、「そく・なが・ひめ」ー。
つまり、「足中彦(そくなかひこ)」と「息長比売(そくながひめ)」で、これを万葉ガナとして読み下すと「ソナカ彦」と「ソナカ姫」…、
南伝仏教宣布団のソナカ王の名が、天皇・皇后の名前に反映されている。


有史のころの古代日本に南伝の上座部(じょうざぶ)仏教が渡来していた。
その伝播地が倭人伝の中の巴利(はり)国であり、九州南部から上陸した巴利(はり)国は北へ移動し、後世、播磨と呼ばれた兵庫県南部の地域に落ち着いていたのだ。

⇒参照/加治木義博氏の「新説・日本誕生」
http://ikuno.lolipop.jp/piramido/spot/book02/am01.htm#01

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by nami3291 | 2014-11-23 21:13 | ●神代の歴史