●神代と有史を結ぶハリマ

不思議の古代史は、日本のピラミッドからスタートし、天孫降臨までの神代の歴史を追ったものです。
しかし、其処に表われた神代の歴史と、神武天皇以降の古事記が記す歴史、さらに、現実の歴史がスンナリと結びつかない…、古代史を学んだ者なら、誰でもそんなもどかしさがあるのではないかと思います。
ところが、この神代と有史を結ぶキィワードがありました。

多くの方がご存知の魏志倭人伝の中…、ここに邪馬国へ至る経過で多くの国々が記されていきます。
伊都(いと)国から始まって、①斯馬(しま)国、②己百支(いはき)国……と進み、その十六番目に邪馬国に到着します。
そのあとに記された十八番目の巴利(はり)国…、この「ハリの国」です。

邪馬台国四国説
筆者が八幡山を発見し不思議の古代史をスタートしたころ、邪馬台国四国山上説を唱えた人物がありました。

参照)大杉博著作BOOK
http://ikuno.lolipop.jp/piramido/spot/book02/am01.htm#11
参考)You-Tube邪馬台国 四国山上説
https://www.youtube.com/watch?v=lWJRbf_jaWU

九州説や近隣説などが論争されている中、独自の視点での四国説は新鮮に受け入れられたようでした。
しかし、当時は八幡山を発見した頃であり、ピラミッドとしての剣山に興味があったものの、倭人伝の邪馬台国にはそれ程興味を持ちませんでした。
倭人伝は有史の三世紀のことであり、日本のピラミッドは神代の、それもずっと古い時代のことと捉えていたからです。従がって、倭人伝も真剣に読んだことがありませんでした。

移動した邪馬国
今回、加治木義博氏の「新説・日本誕生」を読み進むことになり、倭人伝の全文に目を通してみました。

倭人伝
http://yamatai.cside.com/tousennsetu/wazinnden.htm

何度も見ているうちに、ふと気づいたことがあります。
加治木氏は、最初の邪馬国は九州南部の鹿児島から始まり、それが北へ東へと移動していった。
つまり、「邪馬国が四国にもあった」時代があったとしています。
この邪馬国のとなり辺りにあったのが、「巴利(はり)国」ですが…、
邪馬国を四国とするなら、そのとなりに海を挟んでいるのが、ハリマ(播磨)ー。
ハリマの「マ」は、間で「=国」を意味する。
播磨風土記には「針間」とも記され、ハリマ(間)とは「ハリ国」という意味なのです。

ハリとは何かー?
この語源を探ると、驚くべきことが浮かび上がる。
それは、これまで分からなかった古代史の多くの謎を解き明かすキィワードだったのです。




[PR]
by nami3291 | 2014-11-10 09:17 | ●神代の歴史