不思議の古代史P③姫の国の道標・謎のホキ地名



謎の東経線からの続き第三編!ホキ地名の謎が解ける!
古代史BOOK⇒http://ikuno.lolipop.jp/pa-book/
Part①⇒https://youtu.be/kdSlWjSfaOM


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# by nami3291 | 2015-06-24 23:29 | ●VTR案内

謎の三山配置ー三山を継承した三柱鳥居




三山配置とホキ
神代の残像③姫の国への道標
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# by nami3291 | 2015-05-30 21:22 | ●VTR案内

●謎の東経線
…黄金分割線に存在した古代の日本ピラミッド!
You-Tube


このVTRは、不思議の古代史/教材用として作成したものです。
出典/神代の残像⇒不思議の古代史冊子案内    
⑥巻/
神代の残像最終章
⑦巻/総伝/沈黙の八幡神殿
ビデオを繰り返してご覧ください。
冊子と比較して見て頂くと、よく理解できると思います。

ビデオで出てきた「世界の古代遺跡と東経」、「日本ピラミッドと東経」の地図が取得できます。
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●卑弥呼がつなぐ古代史
●岡山備前の三ツ星配置
●巨大磐坐のある神社 ほか

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# by nami3291 | 2015-05-12 16:09 | ●VTR案内

播磨の祭り魚吹八幡宮
https://youtu.be/mC4jc_XuOS0




○古代ピラミッド山を継承した祭り

姫路総社の三山祭り

http://hach8.web.fc2.com/jinjya/01aga/02himeji/11soshya/11soshya01.htm
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# by nami3291 | 2015-05-03 19:13 | ●神代の歴史

邪馬壱国か邪馬臺国か

倭人伝の邪馬壱国は元々からあった国ではなく、邪馬臺国のヒミコが死んだ後、壱与が立って出来た新しい国である。
つまり、この中心の姫木山のあった隼人町は、元々、ハリ国ではなかったか。
隼人は南九州では「ハイト」と読むが、巴利(ハリ)も南九州語だと「ハイ」と読むという。巴利人とつづれば同じく「ハイト」だ。

巴利(ハリ)国の位置は、加治木氏のいう大口市の針持から隼人町の一帯にあり、この巴利国の一角に新しい邪馬壱国が出来た…、そして、新しい邪馬壱国は北へ移動を始めたー。
こういう流れではなかったか。

鹿児島地図参照
http://hach8.web.fc2.com///jpn-pira/06kagoshima/06kagoshima-himeki.htm
後代、邪馬臺国と云われるが、三世紀の魏志倭人伝に記されているのは、邪馬壱国である。
通説では、その後に書かれた後漢書など、後代の史書に邪馬臺国と記されている所から、魏志の記述誤りだったと解釈している。

加治木説では、この解釈が間違いで、史書の記すように、邪馬臺国と邪馬壱国の二つの邪馬国があったという。
初めに魏へ使者を出したのは邪馬臺国の女王だったが、その女王が死去し、その後、新たに立った壱与の国、これが倭人伝記載の邪馬壱国…、これが加治木説である。

二つの邪馬国
倭人伝の記録を見ていくとー、
女王のいる都へ進んでいく道程で国々が説明される。それが、狗邪韓国、対馬国、一大国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国、投馬国、そして、到着した邪馬壹国の九ヵ国である。
加治木説では、この最後の邪馬壹国が、鹿児島国分姫城の姫木山だと指摘している。
そして、このあと「其餘旁國遠絶、不可得詳」=その余の国は、遠くて険しく詳細を得ることは不可能=と断った上で、二十一の国名が記される。
この十八番目に記されたのが巴利(はり)國なのだが、その十六番目に記されているのが「邪馬国」なのだ。
この「邪馬國」とは何を意味したものなのだろうか?
「その余の国…」として記されたものだから、「女王の邪馬壹国」とは別の「邪馬国」らしい。
あるいはこれが、死去した最初の女王の国=邪馬臺国=のことなのか?

豊の国と伊予の国
記録は過去形のため、最後に存在した女王国の邪馬壱国だけを記録したことになる。
つまり、最初の女王=臺与(トヨ)が亡くなった邪馬臺国は滅亡したのではなくその後も存在した。そして、女王の選出国として邪馬壱国と覇を競いながら北へ、東へと移動拡大していく。
その結果、北九州には邪馬臺国のヒミコ=臺与(トヨ)=豊の国(大分・福岡東部)が記録され、また、四国の西部・愛媛県には、邪馬壱国の壱与(イヨ)=伊予の国(四国)が記録される。

豊の国の別名は、豊日(ホヒ)別国で「天の穂日=国津神の系譜」を示唆する。
古事記で、国津神の仇敵としてやって来たのは天津神であり、それが邪馬壱国であり、壱国の建国者はホホデミ系譜の者と云うことになる。

たしかに、契丹古伝でも、その最後でスサダミコ(=ホホデミ尊)は九州南部・鹿児島県の喜入(きいり)・伊集院あたりに降臨したことになっている。

参照)⇒⑤続/神代の残像第四章蘇える古代都市
http://ikuno.lolipop.jp/piramido/pa-book/

このスサダミコ(=ホホデミ尊)のその後の行方は分かっていない。
はたして、神代からの歴史はつながっていくのだろうかー。
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⇒★倭人伝/巴利国のなぞ①
下記から申し込めます。
http://ikuno.lolipop.jp/piramido/pa-book/e2015-wajin01.htm
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# by nami3291 | 2014-12-17 19:01 | ●神代の歴史

ホキの岩盤

ふたつの巨大石
姫木山の正面に存在する巨大な四角形の岩盤
http://hach8.web.fc2.com//jpn-pira/06kagoshima/image/map-hayato02.jpg
これとよく似た四角形の巨石の神社が兵庫県にある。

すなわち、兵庫県高砂市の石の宝殿・生石神社の巨大石!
http://hach8.web.fc2.com/iwa/harima/higashi/51hoden.htm

このふたつの四角形の巨大石には、奇妙な類似がある。
石の宝殿の位置は、兵庫八幡山の南ライン上にあり、
石の宝殿の背後に、ピラミッドとされる高御位山がある。
http://taiyo.goraikou.com/hyogo/in-00-03.html

これと相似形のように、
国分姫城の位置は、高千穂の南西位置にあり、
http://hach8.web.fc2.com//jpn-pira/06kagoshima/image/map-himeki16.jpg
九州高千穂は八幡山の南西ライン上にある!
http://ikuno.lolipop.jp/piramido/spot-pira/ha01-00.htm
すなわち…、
霧島市国分姫城…姫木山は、八幡山の南西ラインに存在しているのだ。
この不思議は何なのか?
この事実は、いくら鹿児島に詳しくても発見できる内容ではない。

加治木氏は、卑弥呼・邪馬壱国の話を倭人伝の記述に基ずき、全てが紀元三世紀以降の出来事と解釈していく。だが、これらの事実を合わせて見ると、その解釈がじつに一面的な解釈に見えてくる。

この巨大な四角石がホキのホを表わしているなら、ホキのキは背後の山を表わしている。
姫木山背後の高千穂は古事記の高天原とされて日本民族発祥の地とされてきた…。
また、兵庫・石の宝殿背後の高御位山は、神を祀る山として古来、重宝されてきた。
だが、この二つの山ともに途中のホキの山であり、ホキのキではなかった。
最後のホキのキの山は、八幡山だったことになる。

この全体の形が有史の三世紀に作られたものとはとても思えない。
この奇妙さは一体、何なのか?

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# by nami3291 | 2014-12-08 10:07 | ●神代の歴史

●ホとキのハリ国

ホとキの今治・尾張
西日本の地図を見ていくと、ハリ国は兵庫の播磨だけではありません。
四国西部の愛媛県に今治(イマバリ)があり、琵琶湖の東部へ目を向けると尾張(オハリ)がありますね。
邪馬国は九州から四国を東へ移動し、さらに、近畿の大阪南部まで移動した。
これが、新説・日本誕生の加治木説です。
⇒参照/加治木義博氏の「新説・日本誕生」
http://ikuno.lolipop.jp/piramido/spot/book02/am01.htm#01

ーならば、邪馬国の移動に従がい、巴利(はり)国も移動したのではないかー。
さらに勘ぐれば、巴利国の移動と一緒に、邪馬国も移動したのではないかー。
西の今治と東の尾張は、ホとキの関係になっている。この間にハリの国が存在した!
なぜ、そうなるのかー。
「ハリ国」が、邪馬国にとって重要事項を意味していたから…、すなわち、多量の南伝仏教経典『パーリ語経典』を持っていた国…、それが巴利国だったのではないか。
そして、西播磨の八幡山連峰が、この巴利国に関係していたのではないかー。

中心のヒメコ山
ここからは、加治木義博氏の新説・日本誕生を引用しながら話を進めますが、加治木義博氏著の「黄金の女王・卑弥呼」ではー、
鹿児島にあった巴利国の位置は、鹿児島県大口市の針持(はりもち)ではないかー、
そして、隼人町=現在の鹿児島県霧島市隼人町、二〇〇五年合併以前の姶良郡隼人町=を、倭人伝の邪馬国ではないかと指摘しています。

この邪馬壱国の中心と指摘されるのが、現在の霧島市国分姫城(コクブヒメギ)である。
この山は、姫木山…「ヒメコヤマ」と呼ばれた山だった。
一般人に邪馬台国が良く知られたのは、1967年(昭和42年)の宮崎康平著作の『まぼろしの邪馬台国』からだろう。
この本では邪馬台国北九州説が採られた様だが、加治木氏によれば、幕末・明治の歴史学者で姫木山を邪馬国と指摘した学者がいたという。
幕末の鶴峯戊申(しげのぶ)という歴史学者は、卑弥呼の邪馬台国は姫木と指摘した。
さらに、吉田東伍は明治二十六年の著書「日韓古史断」において、また、那珂通世(なかみちよ)は大正四年の「那珂通世遺書」の中で、いずれも、「卑弥呼は熊襲の女酋であり、その古都はいまの隼人城の北、姫城村にある」と指摘しているという。

姫木山は「ヒメコヤマ」と読める地名だが、ヒメコと呼ぶ地名は、各地を探してもほとんど存在しないという。
そして、この「ヒメコヤマ」の名は、兵庫八幡山につながっていく…。

八幡山のヒメコ山

はたして読者は、憶えておられるだろうかー!
八幡山連峰において、八幡山の南の一帯が「ヒメコ山」と呼ばれていたことをー。
八幡山案内
http://ikuno.lolipop.jp//piramido/hachiman/ha00-02.htm

奇妙なことは、たんに山の名前が同じ…というだけではないのだ。

まずー、姫木山に存在する奇妙なモノ…、
You-Tube⇒霧島市国分姫城の阿多石を参照して頂きたい。
https://www.youtube.com/watch?v=ToLq9wnHShc

ポイント点は、稲荷神社背後の巨大な四角の岩盤ですが…、
http://hach8.web.fc2.com//jpn-pira/06kagoshima/image/map-hayato02.jpg

これと似たようなモノをご覧になったことは…?

神社背後の巨大石は、単なる巨大な岩盤なのか、
それとも、四角の形が意味を持つホキなのか?

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# by nami3291 | 2014-12-01 15:32 | ●神代の歴史